5.アルギニンが肝障害改善作用を示すデータ(文献)
①Nanjiらは、アルギニンがアルコール性肝炎を改善することを示しました(J. Pharmacol. Exp. Ther., 2001; 299: 832-839)
【目的】
禁酒以外に、アルコール性肝炎を直接治療する薬剤は現在ほとんどありません。そのため、その治療薬の開発が世界的に切望されています。
アルコール性肝炎の原因として種々提唱されていますが、アルコールの分解(代謝)によって生じたアセトアルデヒドによる肝細胞の障害、酸化ストレスの昂進(活性酸素が増大すること)およびそれによる過酸化脂質の生成、肝の血流不足、炎症性サイトカインの生成(これらによって肝細胞の障害が促進されます)などが考えられています。そのため、これらを抑制する物質はアルコール性肝炎の治療薬として有望と考えられます。
アルギニンは、その構造中に含まれる活性アミノ基でアセトアルデヒドをトラップすることが期待できます。また、アルギニンは抗酸化作用や血流増加作用を示します。これらのことからアルギニンは、アルコールによる二日酔い(アセトアルデヒドがその主な原因です)やアルコール性肝炎を予防・改善することが期待できます。
【方法および結果】
ラット(Wistar rats、雄)を4グループに分け、グループ1に魚油とエタノールを8週間、グループ2に魚油とエタノールを6週間それそれ与えました。グループ3には魚油とエタノールを6週間与えた後、さらに2週間魚油とエタノールに加えアルギニン(100mg/kg体重/日、胃内投与)を与えました。グループ4は対照群として魚油とブドウ糖を8週間与えました。
その結果、グループ1とグループ2では肝細胞の75%以上に脂肪の蓄積が見られ、壊死巣(1.0-1.1foci/mm2)と炎症細胞数(25.8-26.2cells/mm2)の増加が認められ、アルコール性肝炎を引き起こしていました。対照群のグループ4では脂肪肝は認められませんでした。また、壊死巣(0foci/mm2)も炎症細胞数(0.2cells/mm2)もほとんど見られませんでした。一方、グループ3ではアルコール性肝炎を惹起後、さらにアルギニン投与時に同時にエタノールを投与し続けたにもかかわらず、脂肪の蓄積が見られた肝細胞の割合は25%以下に低下し、壊死巣(0.3foci/mm2)と炎症細胞数(9.1cells/mm2)も大幅に減少しました。コラーゲンの蓄積と線維化については、グループ3において魚油とエタノールを6週間与えた時点において増加していましたが、アルギニンの投与によってそれらは抑制されました(コラーゲン量は1.5%から0.6%へ有意に減少。線維化は21から11へ有意に減少)。
このように、アルギニンは強力なアルコール性肝障害改善作用を示すことが明らかになりましたが、では、アルギニンはどのようなメカニズムでアルコール性肝障害を改善するのでしょうか。それを明らかにするために検討がなされました。
先ず、アルコール性肝炎の主な原因と考えられているエンドトキシンと脂質過酸化について検討されました(「●アルコール性肝障害の原因および発症メカニズム」を参照ください)。グループ1とグループ2においては、グループ4(対照群)に比べ、エンドトキシンと脂質過酸化は有意に増加していましたが(5~8倍の増加)、アルギニン投与(グループ3)によってこれらは有意に抑制されました(約60%の抑制)。脂質過酸化とエンドトキシンはNF-κBの活性化を介してTNF-αなどの炎症性サイトカインの産生を促進します。実際、グループ4(対照群)に比べ、グループ1と2においてNF-κBは活性化され(5~6倍)、TNF-αなどの炎症性サイトカインが有意に増加したのに対し(TNF-αのmRNAは約7倍の増加)、アルギニン投与(グループ3)によってこれらは有意に抑制されました(NF-κBは約80%の抑制。TNF-αのmRNAは約60%抑制)。このように、アルギニンのアルコール性肝障害改善作用は、アルギニンによる脂質過酸化とエンドトキシンの抑制と、それに続くNF-κBの活性化の抑制とTNF-αなどの炎症性サイトカインの産生抑制によるものと考えられました。
【解説】
アルコール常飲者は、アルコール性肝炎と診断されたとしても、なかなか禁酒することは難しいのが現状です。そのため、禁酒を実行している患者のみならず、飲酒を継続しているアルコール性肝炎の患者に対しても有効な薬剤が求められます。
本実験モデルはそういう現状を考慮し、アルコール投与による肝炎を生成させた後、アルコールの投与を継続した状態でのアルギニンの効果を検討しました。その結果、アルコール性肝炎を惹起後、アルギニン投与時に同時にエタノールを投与し続けたにもかかわらず、アルギニンの投与によって脂肪肝、および肝細胞の壊死、炎症、線維化などの肝炎の病態が大幅に改善されました。これらの結果から、アルギニンは、有効な薬剤がほとんどないアルコール性肝炎の予防・改善薬として非常に有望であると考えられました。
エンドトキシンと過酸化脂質のレベルはアルコール性肝炎において増加します。そしてこれらがアルコールによる肝毒性の主な原因と考えられています。本研究において、アルギニンは、アルコール投与によって増加したエンドトキシンと過酸化脂質のレベルを半分以下に減少させました。そして、アルギニンのこの効果が、アルギニンのアルコール性肝炎予防・改善作用の少なくとも一部分を説明していると考えられます。
エンドトキシンと脂質過酸化がアルコール性肝障害を促進する経路は、NF-κBの活性化とそれに続く炎症性物質(TNF-αなど)の産生増加と考えられています。この炎症性物質がアルコール性肝炎を促進します。そのため、アルギニンによるNF-κBおよび炎症性物質(TNF-αなど)の抑制が、アルギニンによる肝の病態の改善に寄与しているものと考えられます。なお、アルギニンのこれらの働きは、アルギニンから生成したNOが関与しているものと考えられます。
このように、アルギニンは、NOS(アルギニンからNOを生成する酵素)によってNOに変換され、NOの働きで、アルコールによって増加したエンドトキシンや脂質過酸化を抑制し、さらにNF-κBおよび炎症性物質(TNF-αなど)の活性化や増加を抑制するものと考えられます。アルギニン(NO)はこれらの働きでアルコール性肝炎を予防・改善するものと考えられます。
アルギニンは、有効な薬剤がほとんどないアルコール性肝炎の予防・改善薬として非常に有望であると考えられます。
②Abu-Serieらは、アルギニンが非アルコール性脂肪肝炎(NASH)を予防・改善することを示しました(Lipid in Health and Disease, 2015, 14: 128)
【目的】
非アルコール性脂肪肝炎(NASH)は、脂肪肝が重症化した状態であり、肝炎の病態を示し(脂肪変性、炎症、肝細胞傷害など)、進行性で一部は肝硬変や肝がんに進行します。
酸化ストレス(活性酸素が過剰に生成された状態)がNASHの病態に重要な役割を果たします。活性酸素はNASHの発症や進行を促進します。活性酸素は、肝細胞の壊死や炎症を引き起こすいくつかの炎症性サイトカイン(TNF-αなど)の生成を促進します。TNF-αは、NASHの病態に重要な役割を持っていると考えられています。
アルギニンおよびそれから生成する一酸化窒素(NO)は、強力な抗酸化ストレス作用を有しています。そのため、アルギニンはNASHを予防・改善することが期待できます。
【方法および結果】
NASHは脂肪を投与することで作成しました。ラット(SD rats、雄)を5群に分け、対照群(何も処理をしない正常群)、IL群〔イントラリピッド20%(大豆油20%含有)(8ml/kg/日)を3週間静脈内に投与〕、Arg群(アルギニンを2週間腹腔内に投与)、IL+Arg群(イントラリピッド20%を3週間静脈内に投与後、アルギニンを2週間腹腔内に投与)、Arg+IL群(アルギニンを2週間腹腔内に投与後、イントラリピッド20%を3週間静脈内に投与)としました。
その結果、IL群では、対照群に比べ、脂質過酸化の程度(TBARS値で示されます)が血液と肝臓において2.8~3.7倍に増加しました。さらに、IL群では、対照群に比べ、肝臓のNO(一酸化窒素)レベルとeNOS(血管内皮型一酸化窒素合成酵素)活性が0.07~0.13倍に低下しました。また、体内抗酸化物質であるGSH(グルタチオン)の血液と肝臓における含量は、IL群では、対照群に比べ、約半分まで低下しました。体内抗酸化酵素であるGPx(グルタチオンペルオキシダーゼ)の血液と肝臓における活性およびSOD(スーパーオキシドディスムターゼ)の血液における活性は、IL群では、対照群に比べ、0.64~0.89倍に低下しました。(上記のデータは何れも統計的に有意)。IL群では、酸化ストレスと関係があるTNF-α(炎症性物質)のレベルが、対照群に比べ、血液において3.3倍に、肝臓において8.5倍に増加しました。さらに、IL群では、対照群に比べ、ALTおよびASTの活性が有意に増加し、血中アルブミンが有意に減少し、尿素とクレアチニンレベルが有意に増加しました。これらの結果は、IL群では肝臓と腎臓が機能障害を引き起こしていることを示しています。
一方、アルギニンを、イントラリピッド投与の前〔Arg+IL群(アルギニンの予防的投与群)〕、または後〔IL+Arg群(アルギニンの治療的投与群)〕に投与すると、血液と肝臓における脂質過酸化の程度は対照群レベルまで有意に改善されました。さらに、肝臓のNOレベルとeNOS活性は、対照群よりやや増加するか、対照群とほぼ同等レベルまで改善しました。また、体内の抗酸化レベルを示す、GSH、GPx、およびSODの血液と肝臓における含量や活性は、対照群より増加しました。TNF-αのレベルは、血液および肝臓において、ほぼ正常値まで改善しました。ALTおよびASTの活性、血中アルブミンレベル、尿素とクレアチニンレベルは、ほぼ正常レベルを示しました。これらの結果は、イントラリピッド投与による肝臓と腎臓の機能障害が、アルギニン投与によって、ほぼ正常まで予防または改善されたことを示しています。
次に組織学的検査を行いました。その結果、イントラリピッド投与によって、肝細胞の細胞質に小さい脂肪空胞と、胆管の増殖が見られました。また、炎症細胞浸潤、壊死、微小血管の変化と共に脂肪肝が見られました。これは脂肪性肝炎の組織学的特徴を示しています。一方、アルギニン投与群(IL+Arg群、Arg+IL群)では、肝細胞は正常で、脂肪肝も胆管増殖もほとんど見られませんでした。
【解説】
脂肪の投与は肝臓の脂肪含量を増加させ、肝細胞に脂肪滴として沈着させます。この脂肪肝は肝臓の異常の主な原因となり、障害、壊死、炎症などを引き起こしやすくなります。脂肪肝は、ミトコンドリアの機能障害を引き起こし、活性酸素の異常発生に重要な役割を果たします。活性酸素は、脂質過酸化、体内抗酸化物質(酵素)の枯渇、細胞膜の破壊、タンパク質の傷害などを引き起こします。この肝臓の酸化ストレスは、TNF-αによる肝臓の炎症と強く関連性があります。TNF-αレベルは非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)および非アルコール性脂肪肝炎(NASH)において増加します。脂肪投与によって生じた高脂血症は、eNOS活性の低下とNO生成の減少をもたらします。生じた肝障害は胆管の増殖と関連性があります。また、高脂血症は酸化ストレスを高め、肝臓以外にも腎臓などに障害を引き起こします。
本研究では、アルギニンを、イントラリピッド投与の前か後に投与した時、様々な有益な効果を示すことを明らかにしました。アルギニンは、脂質過酸化を正常レベルまで抑制し、GSHレベル、SODおよびGPxの活性、eNOS活性、NOレベルをほぼ正常化しました。また、TNF-αのレベルもほぼ正常化しました。アルギニンのこれらの効果は、アルギニンやそれから生じたNOによるものと考えられました(抗酸化作用など)。肝機能や腎機能を調べるためのALTおよびASTの活性、血中アルブミンレベル、尿素とクレアチニンレベルは、アルギニン投与によってほぼ正常化しました。これらの結果は、イントラリピッド投与による肝臓と腎臓の機能障害が、アルギニン投与によって、ほぼ正常まで予防または改善されたことを示しています。
次に組織学的検査を行いました。その結果、イントラリピッド投与によって、肝細胞の細胞質に小さい脂肪空胞と、胆管の増殖が見られ、炎症細胞浸潤、壊死、微小血管の変化と共に脂肪肝が見られました。これは脂肪性肝炎(例えばNASH)の組織学的特徴を示しています。一方、アルギニン投与によって、これらの組織学的変化はほぼ正常化しました。
このように、アルギニンは、効果的な薬がほとんどないNASHを正常化することができる、強力な予防・改善薬として非常に期待されます。
③Adawiらは、アルギニンが肝障害を改善することを示しました(Nutrition, 1996; 12: 529-533; Scand. J. Gastroenterol., 1997; 32: 835-840)
ラット(SDラット)に、アルギニンを8日間経口投与したあと、8日目にD-ガラクトサミンを投与(腹腔内)して急性肝障害を引き起こしました。その結果、アルギニン投与群では、アルギニンを投与しない群に比べ、アルカリホスファターゼ、ビリルビン、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(GOT)などの肝障害を示すマーカーは有意に減少しました。また、アルギニン投与によって、肝細胞の壊死や炎症細胞の浸潤は抑制されました。一方、アルギニンの代わりに一酸化窒素合成酵素阻害剤(L-NAME)(アルギニンからのNOの生成を抑制します)を投与すると肝障害の程度は悪化しました。これらのことから、アルギニンは肝障害を改善し、その作用は一酸化窒素(NO)によるものと考えられました。
(2020年1月14日記)